「客室の老朽化が進んでいるのに、どこに頼めばいいかわからない」「リノベーションの費用感や期間が見えず、踏み出せない」――そんな悩みを抱えるホテルオーナーや施設担当者は少なくありません。ホテル客室のリノベーションは、宿泊単価の向上・稼働率改善・ブランド再構築に直結する重要な経営判断です。だからこそ、設計事務所選びを間違えると取り返しのつかないコストと時間を失います。本記事では、設計事務所に依頼する際の費用相場・選び方・成功事例・注意点まで、具体的な数値とともに徹底解説します。
目次

ホテルのリノベーションを検討するとき、「工務店や施工会社に直接頼めばいいのでは?」と考えるオーナーは多くいます。しかしホテル客室には、一般住宅とは異なる専門的な知識が求められます。消防法・旅館業法・建築基準法への対応、バリアフリー基準、客室稼働率を落とさない工程管理、ブランドコンセプトを体現するデザイン設計など、複合的な課題を同時に解決しなければなりません。
施工会社は「つくる」プロですが、「設計する・法的に整える・コンセプトを具現化する」プロではありません。設計図なしで着工すると、後から法令違反が発覚して追加工事が発生したり、竣工後に「イメージと違う」という問題が起きたりします。こうしたリスクを排除するために、設計事務所への依頼が有効です。
設計事務所に依頼すると、単なる「図面作成」以上の価値を得られます。具体的には以下のような業務をカバーします。
特に「工事監理」は、施工品質を担保する上で非常に重要です。設計事務所の担当者が定期的に現場に入り、図面との相違点を指摘・是正することで、完成品質が大幅に向上します。
【メリット】設計事務所に依頼する3大メリット
【注意】設計事務所への依頼で見落としがちなこと
設計事務所に依頼すれば万事解決ではありません。設計料(工事費の10〜15%程度)が別途かかるため、当初の予算計画に必ず組み込む必要があります。また、設計期間(2〜4ヶ月)が工期の前に必要なため、「すぐに着工したい」という場合は期待する完成時期に間に合わないこともあります。スケジュールには余裕を持って計画しましょう。
設計事務所にはさまざまな専門分野があります。ホテル・宿泊施設のリノベーションを得意とする事務所を選ぶことが成功の第一歩です。大きく分けると、以下の3タイプがあります。
| タイプ | 特徴 | 向いているケース |
|---|---|---|
| ホテル専門設計事務所 | ホテル・旅館の実績が豊富。旅館業法・消防法に精通 | 大規模改修・全館リノベーション |
| インテリアデザイン事務所 | デザイン・ブランディングが強み。空間演出に優れる | 客室デザインのブランド再構築 |
| 総合設計事務所 | 建築・設備・インテリアを一括対応。大手に多い | 建物全体の大規模改修 |
ホテル客室リノベーションの費用は、規模・グレード・施工範囲によって大きく異なります。設計事務所に依頼した場合の一般的な相場は以下のとおりです。
| グレード | 1室あたり工事費 | 設計料の目安 | 主な対象 |
|---|---|---|---|
| ライト(部分改修) | 50万〜150万円 | 工事費の8〜10% | 壁紙・カーペット・照明交換 |
| スタンダード(標準改修) | 150万〜350万円 | 工事費の10〜12% | 内装全面改修+家具入替 |
| ハイグレード(全面改修) | 350万〜700万円 | 工事費の12〜15% | 設備更新・間取り変更含む |
| ラグジュアリー(最上位) | 700万円〜 | 個別交渉 | 高級旅館・リゾートホテル |
国内の一般的なビジネスホテル(20〜25㎡の標準客室)の全面リノベーションであれば、1室あたり180万〜280万円が現実的な相場です。設計料を含めると200万〜320万円程度を想定しておきましょう。
総費用の内訳は大まかに「設計料」「工事費」「家具・備品費」「諸費用」の4つに分類されます。
| 費用項目 | 総予算に占める割合 | 具体的な内容 |
|---|---|---|
| 設計料 | 10〜15% | 基本設計・実施設計・工事監理 |
| 工事費(躯体・内装) | 45〜55% | 解体・下地・クロス・床・天井・設備 |
| 家具・備品・照明 | 20〜30% | ベッド・デスク・照明器具・カーテン |
| 諸費用 | 5〜10% | 確認申請・廃材処分・養生・仮住まい手配 |
【メリット】設計事務所を通すと施工費が安くなることがある
設計事務所は複数の施工会社に競合見積もりを取る「コンペ形式」を採用するため、施工費が適正化されます。実際に、施工会社に直接依頼した場合と比べて工事費が10〜20%削減されたケースも報告されています。設計料(10〜15%)を支払っても、トータルで同等か場合によっては安くなる計算です。
【注意】「安い設計料」には要注意
設計料が「工事費の5%以下」と極端に安い場合、工事監理が省略されているケースがあります。工事監理なしでは、施工品質のチェックができず、図面と異なる施工が行われても気づけません。設計料の安さだけで判断せず、業務範囲に「工事監理」が含まれているかを必ず確認してください。
ホテルのリノベーションには、活用できる公的支援制度があります。代表的なものは以下のとおりです。
補助金の申請には専門知識が必要です。設計事務所が補助金申請サポートを提供しているかを確認し、積極的に活用しましょう。補助金を活用することで、実質的な自己負担額を20〜30%削減できるケースもあります。

設計事務所を選ぶ際、最初に確認すべきは「ホテル・旅館・宿泊施設のリノベーション実績」です。住宅設計が得意な事務所でも、ホテル特有の法規制(旅館業法・消防法・建築基準法の旅館用途規定)や運営上の制約(稼働しながらの工事調整)には慣れていないことがあります。
実績を確認する際のポイントは以下のとおりです。
設計事務所ごとに「得意なデザインテイスト」があります。和モダン・北欧ナチュラル・インダストリアル・ラグジュアリー・ミニマルなど、方向性は千差万別です。自社のブランドやターゲット客層に合ったデザインを提案できるか、ポートフォリオを見て確認しましょう。
初回相談では、担当デザイナーが「なぜこのデザインを提案するのか」の理由(ターゲット分析・市場調査・競合比較)を論理的に説明できるかをチェックします。感覚だけで「かっこいいデザインにしましょう」という提案では、集客力の向上には結びつきません。
ホテルのリノベーションでは、規模や内容によって確認申請・消防設備の変更届・旅館業法の変更届が必要になることがあります。これらの手続きを設計事務所が代行・サポートできるかを確認してください。
特に以下のケースでは法的手続きが必須です。
【メリット】法令対応を一括依頼できる事務所を選ぶ利点
建築士が在籍する設計事務所であれば、確認申請の代理申請が可能です。オーナー自身が行政窓口に足を運ぶ必要がなく、書類作成から申請・完了検査まで一括してサポートを受けられます。申請手続きの誤りによる着工遅延リスクも大幅に下がります。
【注意】「設計のみ」の事務所に頼む場合の注意点
設計だけを受け付けて工事監理や法令申請サポートを別途費用にする事務所もあります。契約前に「業務範囲」を書面で明確にし、何が含まれて何が含まれないのかを確認することが不可欠です。曖昧なままにすると、追加費用の請求トラブルに発展するリスクがあります。
プロジェクトが始まってから「担当者と連絡が取れない」「質問しても明確な回答が来ない」という問題が発生するケースがあります。特に工事中は迅速な意思決定が求められるため、担当者のレスポンス速度・コミュニケーション能力は事前に確認しておくべき要素です。
確認のポイントは以下のとおりです。
設計事務所から提出される見積もりが「一式◯◯万円」という大雑把なものであれば注意が必要です。設計料の内訳(基本設計・実施設計・工事監理)がそれぞれいくらなのかを明示してもらいましょう。また、設計変更が生じた場合の追加費用の扱い、工事の遅延が発生した場合の責任範囲なども契約書に明記されているかを確認してください。
| 確認項目 | 良い事務所の例 | 注意が必要な事務所の例 |
|---|---|---|
| 見積もりの内訳 | 工程ごとに詳細金額を明示 | 「一式◯◯万円」で不明瞭 |
| 業務範囲の明示 | 契約書に業務内容を列挙 | 口頭説明のみ・書面なし |
| 変更時の対応 | 変更手数料を事前に明示 | 「都度相談」で不明確 |
| 実績の透明性 | 事例写真・クライアント名を公開 | 実績は「守秘義務で非公開」のみ |
リノベーションプロジェクトは、「なぜリノベーションするのか」という目的の明確化から始まります。設計事務所はヒアリングを通じて、ホテルの課題・ターゲット客層・ブランドポジション・予算・スケジュールを整理し、リノベーションのコンセプトを策定します。
この段階で決めておくべき主な事項は以下のとおりです。
コンセプトが固まったら、設計事務所が具体的な図面を作成します。基本設計では全体の間取りや仕上げ材の方向性を示し、施主の承認を得ます。その後、施工会社が実際に工事を行うための詳細な実施設計図を作成します。
実施設計では以下の図面が作成されます。
この段階で施工会社への見積もり依頼(3社以上の競合見積もりが理想)を行い、施工会社を決定します。
施工会社が工事を進める間、設計事務所は「工事監理者」として定期的に現場を確認します。図面との相違・品質の問題・工程の遅れなどを早期に把握し、是正措置を取ります。
工期の目安は改修規模によって大きく異なります。
稼働しながら順次改修する「ローリング工事」を採用することで、全客室を一度に閉鎖するリスクを回避できます。ただし、管理コストと工期が増加するため、設計事務所と綿密な工程計画を立てることが重要です。
【メリット】ローリング工事で収益機会を守る
全客室を一度に閉鎖する場合、数ヶ月間の宿泊収益がゼロになります。30室のビジネスホテルで平均単価7,000円・稼働率70%とすると、1ヶ月の損失は約441万円。ローリング工事なら改修フロアのみを閉鎖し、残りの客室は営業継続できるため、収益ダメージを最小限に抑えられます。
【注意】ローリング工事は工程管理が肝心
稼働しながらの工事では、騒音・粉塵・工事業者の動線が宿泊客の体験を損なうリスクがあります。工事時間帯の制限(9:00〜17:00など)、エレベーター使用ルール、廃材搬出ルートなどを事前に設計事務所・施工会社と取り決めた「工事管理ルール」を作成し、全スタッフに周知することが必要です。
工事完了後、設計事務所・施工会社・施主が立会いで「竣工検査」を実施します。設計図面との相違・仕上げの不具合・設備の動作確認などをチェックし、不具合箇所はリスト化して施工会社に是正させます。引き渡し後も、通常1年間の「瑕疵担保責任期間」が設定されており、不具合が発生した場合は施工会社が無償対応します。設計事務所がこの期間中も窓口になってくれるかを契約前に確認しましょう。

築20年の地方都市ビジネスホテル(80室)が、専門設計事務所と連携してデザインリノベーションを実施した事例です。改修前の平均宿泊単価は6,800円、稼働率は62%でした。
設計事務所はターゲットを「出張ビジネスマン」から「ワーケーション利用者+観光客」に広げるコンセプトを立案。地域の自然素材(杉材・石材)を活かした「ローカルモダン」デザインを採用し、全80室を4つのカテゴリに分類。OTAでの差別化訴求を強化しました。
改修費用は1室あたり平均220万円(設計料込み)、総工費1億7,600万円。改修後1年で平均宿泊単価は9,400円(+38%)、稼働率は78%(+16ポイント)に改善。年間収益増加額は約9,100万円を達成し、投資回収期間は約2年と試算されています。
築35年の温泉旅館(40室)が設計事務所に依頼し、老朽化した和室客室を「和モダン」スタイルに全面改修した事例です。課題は「施設の古さに対するネガティブ口コミ」と「宿泊単価の伸び悩み」でした。
設計事務所は伝統的な和の要素(組子細工・左官壁・畳)を活かしながら、照明デザイン・バスルームの洋式化・ベッド導入(和洋折衷スタイル)を組み合わせた設計を提案。バリアフリー対応も同時に整備し、シニア旅行者からの評価向上も図りました。
改修後、OTAの評点が3.8→4.5に向上し、高評点を背景に平均宿泊単価を12,000円から19,500円へ引き上げ。稼働率も55%→71%に改善しました。
複数の成功事例に共通するポイントをまとめると、以下のとおりです。
| 成功要因 | 具体的な内容 | 効果の目安 |
|---|---|---|
| ターゲットの再定義 | 既存顧客だけでなく新規層を取り込むコンセプト設定 | 稼働率+10〜20% |
| 写真映えするデザイン | SNS・OTA掲載写真が高品質になり比較優位を確立 | 単価+15〜40% |
| 設備と快適性の両立 | 高速Wi-Fi・USB充電・遮光カーテンなど機能的快適性 | 口コミ評点+0.3〜0.8 |
| 地域性の活用 | 地元素材・伝統工芸をデザインに組み込み独自性を演出 | リピーター率+15〜25% |
【メリット】「部屋のカテゴリ分け」で単価の幅が広がる
全室同一タイプから脱却し、スタンダード・デラックス・スイートなど複数カテゴリを設ける設計にすると、価格帯の幅が広がります。「少し奮発したい」顧客に上位プランを提案でき、平均単価の引き上げに直結します。設計事務所はカテゴリ別の差別化ポイントの設計が得意です。
【注意】デザインだけを追いすぎると機能性が犠牲になる
「おしゃれなデザイン」を優先するあまり、荷物を置くスペースが足りない・コンセントが少ない・照明が暗すぎるという機能面の不満が生まれることがあります。ビジネス利用では「作業しやすさ」、観光利用では「リラックスしやすさ」など、ターゲットの実際の利用シーンを起点にデザインを組み立てることが重要です。
ホテルリノベーションで最も多い失敗が「予算オーバー」です。初期の見積もりから20〜30%増加するケースは珍しくありません。主な原因は以下のとおりです。
対策として、総予算の10〜15%を「予備費」として確保しておくことを強くお勧めします。設計事務所との契約時にも「設計変更が生じた場合の追加費用の上限」を設定する条項を入れましょう。
「繁忙期に間に合わせたい」という焦りから、非現実的なスケジュールを設定してしまうケースがあります。無理なスケジュールは施工品質の低下・職人の確保不足・検査手続きの遅延につながります。
設計事務所への依頼から竣工まで、一般的なリノベーションでは最低でも6〜9ヶ月を見込む必要があります。繁忙期の3ヶ月前には着工できるよう、逆算してプロジェクトをスタートさせましょう。
ハード(客室)を改修しても、接客・サービスのソフト面が追いついていないと、宿泊客の評価は伸び悩みます。新しい客室の魅力を最大限に伝えるためには、フロントスタッフがリノベーションのコンセプトを理解し、お客様へ積極的にアピールする必要があります。設計事務所がコンセプトブックを作成してくれる場合は、スタッフ教育に活用しましょう。
リノベーション完了後にOTA(楽天トラベル・じゃらん・Booking.comなど)の掲載写真を更新しないと、せっかくの改修効果が集客に反映されません。プロのホテルフォトグラファーによる撮影を設計事務所完工後すぐに実施し、全掲載媒体の写真を刷新することが不可欠です。写真の品質が宿泊単価・稼働率に直接影響することは、OTAのデータが示しています。
【メリット】設計事務所がコンセプトブックを提供してくれる場合の活用法
優良な設計事務所は、リノベーション完了時に「コンセプトブック」(デザインコンセプト・使用素材・こだわりポイントをまとめた冊子)を作成します。これはスタッフ教育・OTAの客室説明文・プレスリリースに活用でき、リノベーション後のマーケティングを強力にサポートする資料になります。
【注意】リノベーション後の価格戦略を事前に決めておく
改修後に「いつから・いくらに値上げするか」を事前に計画していないホテルは、せっかくの投資を収益に転換できません。設計事務所との打ち合わせの段階から、「このリノベーションで単価をいくら上げるか」という経営目標を設定し、OTAの価格設定・プラン設計も並行して準備しておきましょう。

ホテル客室のリノベーションは、単なる「古くなった設備の更新」ではありません。ターゲットの再定義・ブランドの再構築・収益モデルの改善を同時に実現できる、経営上の重要な投資です。設計事務所に依頼することで、法令リスクの排除・施工品質の担保・デザイン価値の最大化という三重のメリットを得ることができます。
費用は1室あたり50万〜700万円以上と幅広く、自社のグレード感や改修目的に応じた予算設定が必要です。選定の際は「ホテル実績の豊富さ」「デザイン提案力」「法令対応力」「コミュニケーション体制」「見積もりの透明性」の5点を必ずチェックしてください。
プロジェクトは「企画・コンセプト設計→基本設計・実施設計→施工→竣工検査・引き渡し」という流れで進み、全体では6〜12ヶ月を見込む必要があります。予備費として予算の10〜15%を確保し、補助金も積極的に活用することで、投資対効果をさらに高めることができます。
まずは複数の設計事務所に初回相談(多くは無料)を申し込み、ホテルのビジョンを伝えてみましょう。設計事務所との対話を通じて、リノベーションの方向性が具体化し、成功への道が開けます。