「A型事業所を売却したいけれど、どこから手をつければいいのか分からない」「障害福祉サービス事業所の売却は一般企業と何が違うのか」と悩んでいる経営者・法人の方は少なくありません。就労継続支援A型事業所は、障害のある方の就労支援という社会的使命を担いながら、同時に経営上の課題も抱えやすい事業形態です。後継者不在・収益悪化・多角化戦略など、売却を検討するきっかけはさまざまですが、福祉事業特有の規制や手続きを知らないまま進めると、多大な時間・コストのロスや行政処分リスクが生じます。本記事では、A型事業所の売却方法を【手順・相場・注意点・事例】まで徹底的に解説します。
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就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)とは、障害者総合支援法に基づき、一般就労が困難な障害のある方に雇用契約を結んだ上で就労の機会を提供する福祉サービス事業所です。利用者は事業所と雇用契約を締結し、最低賃金以上の賃金を受け取るのが原則です。運営には都道府県知事(または政令市・中核市)からの指定が必要であり、その指定は法人格を持つ団体に対して付与されます。
2024年時点で全国のA型事業所数は約4,000〜4,500カ所と推計されており、社会的需要は継続して高い水準を維持しています。一方、2018年の報酬改定以降、「生産活動収入による賃金支払い」が厳しく求められるようになり、収益モデルの転換が迫られた事業所も多く、売却・譲渡のニーズが増加傾向にあります。
A型事業所の売却が一般企業の売却と大きく異なる点は、「事業所指定」という行政上の許可が売却スキームを大きく左右することです。会社そのものを売買する「株式譲渡」であれば指定はそのまま引き継げますが、事業のみを移す「事業譲渡」の場合は買い手側が新たに指定申請を行う必要があります。この違いを理解していないと、手続きが止まったり、場合によっては利用者へのサービス提供が途切れるリスクが生じます。
また、利用者(障害のある方)の処遇・継続的なサービス提供について、都道府県・市町村の福祉主管課に対して十分な説明と承認が必要です。福祉事業所の売却は「誰に・どのように事業を承継するか」という社会的責任も強く問われます。
A型事業所の経営者が売却を検討するきっかけとして、主に以下が挙げられます。
| 比較項目 | 一般企業(株式会社等) | A型事業所(福祉法人含む) |
|---|---|---|
| 根拠法令 | 会社法 | 障害者総合支援法・社会福祉法等 |
| 行政許可の移転 | 業種によるが比較的手続きが少ない | 事業譲渡の場合は新規指定申請が必要 |
| 行政への届出・相談 | 原則不要(公正取引委員会届出は別) | 都道府県・市町村への事前相談が必須 |
| 利用者(顧客)保護 | 消費者契約法等の一般法 | 障害福祉サービス受給者証・個別支援計画の継続管理が必要 |
| 売却価格の評価軸 | 純資産・利益・ブランド等 | 指定の価値・定員充足率・利用者稼働率等も加算 |
A型事業所を株式会社や合同会社が運営している場合、会社の株式(持分)を買い手に譲渡することで事業所ごと売却する方法です。この場合、都道府県の指定はそのまま引き継がれるため、行政手続きが比較的シンプルです。ただし、会社に紐づく債務・訴訟リスク・未払い残業代などの潜在債務も買い手が引き継ぐため、買い手は必ずデューデリジェンス(DD)を実施します。
株式譲渡は手続きのスピードと指定継続という点で最も使われるスキームです。売却後も会社の法人格は変わらないため、利用者への影響が最小限に抑えられる点も評価されます。
法人格はそのままに、事業所として行っている就労継続支援A型の事業(人員・設備・契約等)だけを別の法人に譲渡する方法です。医療法人・社会福祉法人・NPO法人・株式会社など法人格の異なる事業体への移管に適しています。
この場合、買い手側が新たに都道府県の指定を取得する必要があります。通常、指定申請から指定まで2〜6カ月程度かかるため、サービス提供の空白期間が生じないよう入念なスケジュール管理が必要です。また、利用者ごとの受給者証・個別支援計画の引き継ぎについても事前に調整が必要です。
複数の社会福祉法人や医療法人が合併する形で事業を統合するケースです。規模の経済を実現しやすく、特に地方の中小法人が大手法人のグループに入るパターンが増えています。合併の場合は社会福祉法や医療法に基づく手続きが別途必要となります。
すぐに全部売却せず、まず株式・持分の一部(例:30〜50%)を買い手に譲渡し、その後段階的に全株式を譲渡する方法です。売り手が一定期間経営に関与しながら引き継ぎを行えるため、利用者・職員への影響を最小化しやすい点が特徴です。
A型事業所を運営する法人が株式会社・合同会社の場合は「株式譲渡」が最も手続きがシンプルです。社会福祉法人・NPO法人が運営する場合は原則として株式が存在しないため、「事業譲渡」か「合併」が選択肢になります。どのスキームが最適かは、法人形態・事業規模・買い手のニーズによって異なるため、専門のM&Aアドバイザーや社会保険労務士・行政書士に相談することを強く推奨します。
社会福祉法人は非営利法人であり、株式や持分が存在しないため、一般的な「株式譲渡」は行えません。また、解散・合併には所轄庁(都道府県知事等)の認可が必要で、残余財産も国・地方公共団体等に帰属します。売却益を創業者が受け取る仕組み自体が制度上存在しないため、社会福祉法人の「売却」は実質的に「事業移管・合併」に限定されます。
| スキーム | 指定の引き継ぎ | 手続き期間の目安 | 向いている法人形態 | 売り手の売却益受取 |
|---|---|---|---|---|
| 株式譲渡 | そのまま継続 | 1〜3カ月 | 株式会社・合同会社 | 可能(株式売却益) |
| 事業譲渡 | 新規申請が必要 | 3〜8カ月 | 全法人形態 | 可能(法人への対価) |
| 合併 | 合併法人が引き継ぐ | 6カ月〜1年以上 | 社会福祉法人・医療法人 | 個人への売却益なし |
| 持分一部譲渡 | そのまま継続 | 段階的(1年以上も) | 株式会社・合同会社 | 可能(段階的に受取) |

A型事業所の売却価格(評価額)は、一般的な企業価値評価手法に加え、福祉事業特有の評価軸が加わります。主な評価方法として以下の3つが用いられます。
実際の取引では、純資産をベースにしつつ「のれん代(指定の価値・利用者数・稼働率)」を加算する方法が多く採用されています。稼働率が高く(定員充足率80%以上)、収支が安定している事業所は高値がつきやすい傾向があります。
以下の要因が評価額に大きく影響します。
業界内の取引事例や専門M&A仲介会社のデータを参考にすると、A型事業所(定員10〜20名規模・株式会社運営)の売却価格は以下のような水準です。
| 定員規模 | 稼働率 | 純資産(目安) | のれん代目安 | 売却価格レンジ(目安) |
|---|---|---|---|---|
| 定員10名以下 | 60〜70% | 100〜300万円 | 100〜300万円 | 200〜600万円 |
| 定員10〜20名 | 70〜85% | 300〜800万円 | 500〜1,500万円 | 800〜2,300万円 |
| 定員20〜30名 | 85%以上 | 800〜2,000万円 | 1,000〜3,000万円 | 1,800〜5,000万円 |
| 定員30名超・多拠点 | 85%以上 | 2,000万円〜 | 3,000万円〜 | 5,000万円〜1億円超 |
※上記はあくまで目安であり、実際の評価額は個別事情により大きく異なります。複数の専門家から査定を取得することを強く推奨します。
まず、売却の目的・希望条件(売却価格・時期・売却後の関与度合い等)を明確にします。その上で、以下の専門家に相談することを推奨します。
専門家とともに事業所の価値評価を実施します。合わせて以下の書類を整備します。
M&A仲介会社または自社のネットワークを通じ、買い手候補(アクワイアラー)を探します。福祉業界のM&Aプラットフォーム(TRANBI・M&Aサクシード等)に掲載する方法もあります。複数の候補と秘密保持契約(NDA)を締結した上でノンネームシート(事業概要書)を提示し、意向確認を行います。
買い手候補が絞り込まれたら、詳細な調査(DD)が行われます。財務DD・法務DD・事業DD・コンプライアンスDD(指定基準適合状況等)が主な対象です。このフェーズで問題点が発覚すると価格の下落交渉や取引中断につながるため、事前の自己点検が重要です。
DDの結果を踏まえ、売却価格・条件・引き継ぎスケジュール等を最終交渉します。合意に達したら「基本合意書(LOI)」を締結し、独占交渉権を設定します。
事業譲渡スキームの場合、買い手法人が都道府県・市町村へ指定申請を行います。申請に必要な主な書類は以下の通りです。
申請から指定まで通常2〜4カ月かかります。スムーズに進めるには、担当窓口への事前相談が不可欠です。
株式譲渡契約書(SPA)または事業譲渡契約書を締結し、代金の受け渡し・株式移転・事業移転を実行します(クロージング)。この際、利用者・職員への説明・周知も同時並行で行います。
株式譲渡スキームの場合:相談開始から最短3〜6カ月でクロージングが可能です。事業譲渡スキームの場合は行政指定申請が加わるため、通常6〜12カ月を見込んでください。
売却後も一定期間(通常1〜3年)は「表明保証条項」に基づく売り手の責任が継続します。DDで開示しなかった重大な事実が事後に判明した場合、損害賠償請求の対象になる可能性があります。売却前の情報開示は誠実に行うことが長期的にも重要です。
| フェーズ | 主な内容 | 株式譲渡の期間目安 | 事業譲渡の期間目安 |
|---|---|---|---|
| ①方針決定・相談 | 専門家選定・目標設定 | 1〜2週間 | 1〜2週間 |
| ②価値評価・書類整備 | バリュエーション・資料作成 | 2〜4週間 | 2〜4週間 |
| ③買い手探索・マッチング | NDA・ノンネームシート提示 | 1〜3カ月 | 1〜3カ月 |
| ④DD(調査) | 財務・法務・事業調査 | 3〜6週間 | 3〜6週間 |
| ⑤条件交渉・基本合意 | LOI締結 | 1〜2週間 | 1〜2週間 |
| ⑥行政手続き | 届出・指定申請 | 変更届のみ(数週間) | 2〜4カ月 |
| ⑦最終契約・クロージング | SPA締結・代金決済 | 1〜2週間 | 1〜2週間 |
| 合計目安 | 3〜6カ月 | 6〜12カ月 |

A型事業所の売却を成功させるために、事前に以下の項目を徹底的に点検・改善しておくことが重要です。買い手のDDで問題が発覚すると、価格交渉が不利になるか取引が破談になるリスクがあります。
買い手を選ぶ際は、単純に価格が高い先を選ぶのではなく、以下の視点で総合的に判断することが重要です。
A型事業所の売却に伴う税務処理は、スキームによって大きく異なります。
税務スキームを事前に公認会計士・税理士と十分に検討し、売却後の税負担を最小化する戦略を立てることが不可欠です。例えば、株式の取得原価が低い場合は売却益が大きくなるため、株式譲渡の前に役員退職金を活用して利益を圧縮する手法が取られることもあります(税理士への確認が必須)。
A型事業所の売却において、利用者(障害のある方)・そのご家族・職員への適切な説明は法的義務というだけでなく、倫理的にも非常に重要です。特に利用者は生活に直結するサービスを受けている方々であり、「突然経営者が変わった」「内容が変わった」という状況は大きな不安を生みます。売却決定後、クロージング前に担当行政への報告と並行して、利用者・家族・職員への個別説明会を実施することを強く推奨します。
地方都市で就労継続支援A型事業所を単独運営していた60代の代表者が、後継者不在を理由にM&A仲介会社へ相談。定員20名・稼働率85%・年間売上約4,500万円・EBITDA約800万円の事業所でした。
仲介会社の紹介で、同県内で複数の障害福祉事業所を運営する株式会社が買い手となり、株式譲渡スキームで交渉が進みました。EBITDAの4倍相当として最終的な売却価格は約3,200万円で合意。相談開始から約5カ月でクロージングが完了しました。売却後も代表者は1年間顧問として在籍し、引き継ぎを支援しました。
報酬改定(2018年度)の影響で収益が悪化し、生産活動収入だけでは利用者への最低賃金支払いが難しくなったNPO法人が、近隣の社会福祉法人へ事業を譲渡した事例です。
NPO法人は株式がないため、事業譲渡スキームを選択。社会福祉法人側が都道府県への指定申請を行い、申請から指定まで約3カ月を要しました。事業譲渡の対価は約500万円(主に設備・備品の時価評価)でした。利用者15名全員が新事業所に継続利用でき、職員も全員再雇用されました。
首都圏でA型事業所を3カ所運営する株式会社が、障害福祉事業を全国展開する大手グループ会社に株式を100%譲渡した事例です。3事業所合計定員75名・稼働率88%・年間売上約1.8億円・EBITDA約2,200万円の規模でした。
大手グループとしては新規エリアへの参入と事業基盤の強化が目的であり、EBITDAの5倍相当で売却価格は約1億1,000万円で合意。FAを起用した6カ月間のプロセスを経てクロージングが完了しました。このケースでは売り手の創業者が大きな創業者利益を得ることができた成功事例です。
